ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)「Saving All My Love For You(1985年)」File0064

1980年代

 今日、2月11日は「ホイットニー・ヒューストン」の命日で、ちょうど丸10年が経ちました。日本的に言うとボクと同級生の年齢に当たり、訃報があったときはショックでした。1985年にデビューしてから27年間に渡り、素晴らしい歌声を届けてくれました。今日はそのホイットニーについて語ってみたいと思います。


 ホイットニーは1985年の『Whitney Houston(邦題:そよ風の贈り物)』で本格デビュー。それまではチャカ・カーンのバックボーカルやテディ・ペンダーグラスとのデュエットを努めていたようです。

 このアルバムでは、ジャーメイン・ジャクソンをはじめ、ナラダ・マイケル・ウォルデン、マイケル・マッサー、カシーフと強力なプロデューサー陣で固められ、3曲がHot100で1位を獲得。アルバムも1986年に14週1位という記録を残しています。ちなみにこのアルバムは、US盤、EU盤、日本盤、それぞれ曲順が違うとのことです。ではこの中からHot100で1位となった『Saving All My Love For You(邦題:すべてをあなたに)』をシェアします。


 ボクが初めてホイットニーの歌を聴いたのは、1984年にジャーメイン・ジャクソン(マイケル・ジャクソンのお兄さん)がリリースしたアルバム『ダイナマイト』に収録されていた『Take Good Care of My Heart』でした。まだホイットニーのことを知らなかったので、ただのゲストボーカルという程度の認識でした。この曲は上記のデビューアルバムにも収録されています。

 ちなみにホイットニーの母親のシシー・ヒューストンも歌手として活躍しており、エルヴィス・プレスリーやアレサ・フランクリンのバックコーラスも努めていました。ディオンヌ・ワーウィックとはいとこ関係で、ゴスペルやR&B満載の環境で育ちました。


 話は変わりますが、ボクが中国で暮らしていた2004年7月にホイットニーがやってくるという情報を聞き、日本では絶対に見ることができないだろうなぁ~と思い、なんとかチケットを入手し見に行きました。北京の工体(工人体育場)というスポーツスタジアムで、GLAYやSMAPもここでライブを行っています。

MINOLTA DIGITAL CAMERA
MINOLTA DIGITAL CAMERA
MINOLTA DIGITAL CAMERA

 当時のカメラの性能がイマイチだったのできれいに写っていないのですが、オープンエアのグラウンド内にパイプ椅子を並べただけの開場でした。前方はおそらく政府関係者だと思いますが、ライブが始まってもお通夜状態。当時の中国はまだインターネット自体もさほど普及していなかったこともあり、おそらくホイットニーを知る人がどれほどいたかはわかりません。一般客も音楽を聴くというよりも、海外から有名人が来たので写真を取らないと損といったようにカメラを向けていました。おかげでホイットニー自身がドッチラケで、もうやめたいよ感満載でライブを終えました。それでもボク自身は、生ホイットニーのライブが見れて大満足でした。

 その後、多くのヒットを放ち、1992年の映画『ボディガード』の主演とサントラをピークに、それなりにヒットは出したものの徐々に低迷期に入っていきました。ボビー・ブラウンと結婚したのもちょうどその1992年でした。2000年以降は薬物関連の問題が多く取り上げられ、そして10年前の2012年にこの世を去りました。今、ホイットニーがいればどんな歌声を聴かせてくれていたのかと思うと残念でなりません。


 では最後に80年代の名盤とも言われている1987年の『Whitney(邦題:ホイットニーⅡ~すてきなSomebody)』をご紹介。このアルバムは、初登場でUSチャート1位、シングルカット曲もすべて1位を獲得し、デビューアルバムから連続7曲が1位というおばけアルバムです。前作に続き、ナラダ・マイケル・ウォルデンがプロデュースしています。

 この中からどれを選ぼうか迷いましたが、選びきれないので、ぜひアルバムを通して聴いてみてください。ホントに名盤は何年経っても色褪せないもんですね。

タイトルとURLをコピーしました